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09/28/2011

人知主義裁判

人知主義裁判。供述や証言や状況証拠に基づき裁判官の心証をもって判決を出す。

大岡越前・遠山金四郎、町奉行所での実際の裁きは与力が行ったようだが
当然ながら弁護士はおろか検察官もいないわけで、まさに心証で決められた。
無罪放免になることはまず無かった。
戦前も検察官と裁判官は並んで座り被告と弁護士と相対していた。
検察と司法は一体であったと言っても過言ではない。
もちろん裁判官のほうが上座であった。
戦後の「民主化」から現在に至り、証拠開示・可視化・裁判員制度と
検察に不利になってきたといえる。

どうやら裁判官に、こうなったからには主導権を取り戻さなくては危ういという
「危険な正義感」が芽生えているのではないか。
「私がこの被告は悪人だという心証を得たのだから有罪。」
そして、これはあまり言いたくないが、司法制度の仕組みがそうなっているのだから仕方がない。
「無罪判決をだしても何も得になることはない。」

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